大阪地方裁判所 平成11年(ワ)968号 判決 2000年6月28日
原告
山根和也
被告
小牧利之
主文
一 被告は、原告に対し、金五八五七万八三九七円及びこれに対する平成一〇年一月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを一〇分し、その一を原告の負担とし、その九を被告の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、金六一六七万八三九七円及びこれに対する平成一〇年一月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 訴訟の対象
民法七〇九条(交通事故、人身損害)、自賠法三条
二 争いのない事実及び証拠上明らかに認められる事実
(一) 交通事故の発生(甲一)
<1> 平成一〇年一月八日(木曜日)午後六時五分ころ(雨)
<2> 神戸市兵庫区西柳原町五番二〇号
<3> 被告は、普通貨物自動車(三重一一わ六六二八)(以下、被告車両という。)を運転中
<4> 原告(昭和四〇年七月一日生まれ、当時三二歳)は、歩行中
<5> 被告車両が、左折先の道路の横断歩道を青信号に従い横断していた原告に衝突した。
(二) 責任(弁論の全趣旨)
被告は、前をよく見ないで運転して、歩行中の原告に衝突した過失がある。したがって、被告は、民法七〇九条に基づき、損害賠償義務を負う。
また、被告は、被告車両を所有している。したがって、自賠法三条に基づき、損害賠償義務を負う。
(三) 傷害(甲五)
原告は、本件事故により、頭蓋骨骨折、脳挫傷、頸椎捻挫などの傷害を負った。
(四) 治療(甲五)
原告は、次のとおり入通院して、治療を受けた。
<1> 吉田病院
平成一〇年一月八日から平成一〇年二月一五日まで三九日入院
<2> 同病院
平成一〇年二月一六日から平成一〇年六月二七日まで通院(実日数八〇日)
<3> 平成一〇年六月二七日症状固定
(五) 後遺障害(甲九、一三)
自動車保険料率算定会は、原告の後遺障害が、神経系統の機能または精神に著しい障害を残し、軽易な労務以外の労務に服することができないものとして、後遺障害別等級表七級四号に該当する旨の認定をした。
三 原告の主張
原告主張の損害は、別紙一のとおりである。
四 争点と被告の主張
(一) 争点
逸失利益
(二) 被告の主張
原告は、医学的所見によれば就労が可能である。仕事ができない理由があったとしても、心因性によるものだから、本件事故との間に相当因果関係はない。
第三争点に対する判断
一 証拠(甲五ないし八、一二ないし一四、乙一ないし八、原告の供述)によれば、次の事実を認めることができる。
(一) 原告は、本件事故のとき、被告車両に衝突され、転倒した際、後頭部を打撲し、その直後、佑康病院に救急搬送されたうえ、吉田病院に転院した。
初診時、意識の混濁、後頭部に擦過傷、鼻出血があった。頭部XPによると、後頭部に頭蓋骨骨折が認められ、頭部CTによると、後頭部骨折部に小さな硬膜外血腫と左前頭葉に薄い外傷性くも膜下出血及び挫傷性脳内出血、脳の強い圧排が認められた。
翌日、再度頭部CT検査をしたところ、画像上は開頭血腫除去術が必要であったが、右片まひなどがなく、意識もいまだ混乱状態のため、手術をしないで、強力な脳圧降下剤、抗けいれん剤、抗かいよう剤の点滴をして、保存的に加療をした。また、頸部捻挫に対し、ネックカラー装着をした。
一月二六日から、頸部に対し、理学療法をはじめた。
二月一五日、退院した。
退院後は通院して、抗けいれん剤、外傷性頸部症候群に対する消炎鎮痛内服、外用薬の投薬治療を受けた。
四月八日、神戸市立西市民病院耳鼻咽喉科を受診したところ、嗅覚機能検査で、嗅覚脱失が認められた。
四月二九日、野球の試合を観戦していたところ、突然、てんかん発作を起こし、吉田病院に救急搬送された。意識が混濁し、顔面(鼻背、左頬部)擦過傷、鼻部挫創、鼻骨骨折が認められた。頭部CTによると、新しい病変は認められなかった。
三〇日、脳波検査をしたところ、異常が認められ、左前頭葉脳挫傷によりてんかん発作を起こしたと認められた。てんかん内服剤を増量した。
六月二七日の時点での吉田病院の医師の判断は、次のとおりである。外傷性頸部症候群による多くの自覚症状(頭痛、腰痛、両上下肢のしびれ、記憶力低下、思考力低下、全身倦怠感、ふらつき感、気分不良、意欲低下など)により、仕事に支障が生じる可能性がある。嗅覚脱失、味覚障害により、食事をつくる仕事は困難と考えられる。てんかん発作を起こす可能性があるため、車の運転は危険である。光刺激に対する過敏性が強いと思われ、晴天時に外出すると頻回に発作を起こす可能性がある。抗けいれん剤有効血中濃度は維持されており、コントロール困難なけいれんと考えられる。
(二) 吉田病院の医師は、平成一〇年六月二七日付けで後遺障害診断書を作成したが、その内容は、前記のとおりである。
(三) 神戸市立西市民病院耳鼻咽喉科の医師は、平成一〇年七月二日付けで後遺障害診断書を作成したが、その内容は、静脈性嗅覚検査で反応がなく、嗅覚脱失の状態であり、回復の見込みはないというものである。
(四) その後も、原告は、平成一〇年八月一三日、一一月四日にけいれん発作を起こし、吉田病院に救急搬送された。
(五) 東神経内科の医師は、平成一一年九月三日付けで、次の内容の後遺障害診断書を作成した。
不眠、倦怠感、頭痛、無気力などを訴え、意欲が低下し、食欲がなく、喜怒哀楽に乏しく、うつ病の状態である。抗うつ剤の投与をしている。
(六) 自動車保険料率算定会の認定は、次のとおりである。
頭蓋骨骨折、脳挫傷などによるてんかん発作、記憶力思考力の低下、意欲の低下、嗅覚脱失、味覚障害等の精神神経障害については、総合的に判断して、神経系統の機能または精神に著しい障害を残し、軽易な労務以外の労務に服することができないものとして、等級表七級四号に該当する。
また、うつ状態の症状については、脳挫傷による器質的障害に起因する障害に、てんかん発作に対する恐怖を感じながら生活している状況に陥ったことに対する心的反応が加わったものと考えられ、総合的に判断すると、七級四号に含まれる。
(七) 原告は、市営住宅に住み、妻、長男、長女といっしょに生活している。
親の仕事を引き継ぎ、露天商をしているが、神戸市長田区内の神社の境内で露天のたこ焼き屋を常設しているほか、ほかで祭りがあるときには、アルバイトを雇うなどして、たこ焼き屋などを開設した。
現在は、仕事ができる状態ではないので、神社内の常設のたこ焼き屋は、同じ露天商を営む妻の姉夫婦に営業をしてもらっている。
二 これらの事実によれば、原告は、本件事故により、左前頭葉脳挫傷などの傷害を負ったこと、そのため事故後数回てんかん発作を起こしたこと、抗けいれん剤の投与を受けているが、てんかんをコントロールすることは難しいこと、現時点では、軽快する見込みはないこと、てんかん発作を起こす可能性があるため、車の運転が禁止されていること、また、嗅覚を脱失したこと、ほかに、頸椎捻挫の傷害を負い、これによる頭痛や上下肢のしびれなどの自覚症状が続いていること、さらに、てんかん発作に対するおそれが加わったため、倦怠感があり、無気力などの状態に陥っていること、自算会はこれらの事情を総合的に考慮して等級表七級四号に該当する旨の判断をしたことなどが認められる。
これらの傷害の内容と程度、症状固定後の障害の内容と程度、障害による社会活動の制限、実際の生活状況などを考慮すると、原告の労働能力は少なくとも通常の半分は失われたと考えられ、軽易な労務以外の労務は困難であると認められる。
したがって、原告の後遺障害は等級表七級四号に該当し、労働能力を五六%喪失したと認められる。
三 これに対し、被告は、原告が就労が可能である旨の主張をし、まず、被告訴訟代理人からの照会に対する吉田病院の医師の回答(乙一の二)を提出する。
これによると、確かに、特に就労制限はなく、退院後仕事の制限はしていないとの回答も含まれている。
しかし、この回答は、全体をみると、てんかんを起こすことがあるので車の運転は禁止だが、ほかは特に就労制限はなく、安静加療の必要はない、しかし、自覚症状のため仕事ができないということはあり得る、ほかに嗅覚脱失があり、今までしてきた食事をつくる仕事ができなくなる可能性がある、退院後の仕事の制限はしていないという内容となっている。
これは、全体としてみれば、前記認定の医師の判断のとおりであり、医師として就労の制限はしていない(もっとも、それでも、車の運転が禁止され、飲食業もできなくなる可能性があるのだから、実際上、相当な就労制限を受けていることは明らかである。)という意味にとどまり、実際に仕事をすることができるとまでは判断していないことは明らかである。
したがって、この回答から就労が可能であると認めることは困難である。
四 また、被告は、最近の原告の行動を隠し撮りしたビデオテープに基づく報告書(乙一〇ないし一六)を提出する。その内容は、平成一二年二月九日一五時ころから四〇分間くらい原告夫婦がパチンコをしていたこと、平成一二年五月一八日一六時ころから一時間くらい原告がパチンコをしていたこと、平成一二年六月八日一六時ころから四〇分くらい原告夫婦がパチンコをしていたこと、平成一二年六月一四日一五時ころ、自宅棟の裏庭を散策していたこと、平成一二年六月一五日一三時ころ、自転車でパチンコ店に行き(その距離約六五〇m)、三時間くらい原告夫婦がパチンコをしていたことなどである。
このビデオテープを検討すると、原告本人尋問終了後に提出されたため、これに対する原告の主張立証が十分できていないところもあるが、それでも、次のことがいえる。つまり、このビデオテープだけではパチンコ以外の行動についてはよくわからず、ビデオテープの内容は日常生活のごく一部にすぎないから、これだけで就労が可能であると認定することは難しい。また、調査をした全回数等の詳細が不明だが、かえって、約半年の間に、パチンコを数回程度しかしていないというのであり、前記認定を覆すだけの評価は難しいと思われる。
したがって、このビデオテープによっても、前記認定は影響を受けないというべきである。
第四損害に対する判断
一 治療費未払分 一五七万七五八三円
治療費は、既払分の五〇万円(佑康病院二万九〇九〇円、吉田病院一六万七二五〇円、神戸市立西市民病院九万八六六〇円、入院個室代二〇万五〇〇〇円)を除き、一五七万七五八三円の未払分があると認められる。(甲一〇)
二 入院雑費 五万〇七〇〇円
入院雑費は、五万〇七〇〇円(一三〇〇円×三九日)と認められる。
三 入院付添費 二一万四五〇〇円
入院付添費は、二一万四五〇〇円(五五〇〇円×三九日)と認められる。
四 休業損害 一八七万六七一二円
基礎収入は、五五〇万円と認められる。(甲一一)
休業期間は、一七一日と認められる。
ただし、既払が自賠責保険金七〇万円あると認められる。
したがって、休業損害は、一八七万六七一二円と認められる。
五 入通院慰謝料 一六〇万〇〇〇〇円
入通院慰謝料は、一六〇万円が相当である。
六 後遺障害慰謝料 一〇〇〇万〇〇〇〇円
後遺障害慰謝料は、一〇〇〇万円が相当である。
七 逸失利益 五〇四三万一九二〇円
基礎収入は、五五〇万円と認められる。
労働能力喪失率は、前記認定のとおり、五六%と認めることが相当である。
就労可能期間は、三五年(ライプニッツ係数一六・三七四)と認められる。
したがって、逸失利益は、五〇四三万一九二〇円と認められる。
八 将来の治療費 一四三万六九八二円
将来の治療費は、一四三万六九八二円(三か月分二万一九四〇円×期間三五年のライプニッツ係数一六・三七四)と認められる。(甲八)
九 結論
したがって、厚告の損害は、別紙二のとおりである。
(裁判官 齋藤清文)
11―968 別紙1 原告主張の損害
1 治療費未払分 157万7583円
次の既払い分を除く。
佑康病院 2万9090円
吉田病院 16万7250円
神戸市立西市民病院 9万8660円
入院個室代 20万5000円
合計 50万0000円
2 入院雑費(1300円×39日) 5万0700円
3 入院付添費(5500円×39日) 21万4500円
4 休業損害未払分 187万6712円
(1) 基礎収入は、550万円
(2) 休業期間は、171日
(3) 既払金は、自賠責保険金70万円
5 入通院慰謝料 160万0000円
6 後遺障害慰謝料 1000万0000円
7 逸失利益 5043万1920円
(1) 基礎収入は、550万円
(2) 労働能力喪失率56%(7級)
(3) 期間35年(ライプニッツ係数16.374)
8 将来の治療費 143万6982円
(1) 3か月分2万1940円
(2) 期間35年(ライプニッツ係数16.374)
9 弁護士費用 500万0000円
小計 7218万8397円
既払金合計 1051万0000円
自賠責保険 1051万円
既払金控除後 6167万8397円
11―968 別紙2 裁判所認定の損害
1 治療費未払分 157万7583円
次の既払い分を除く。
佑康病院 2万9090円
吉田病院 16万7250円
神戸市立西市民病院 9万8660円
入院個室代 20万5000円
合計 50万0000円
2 入院雑費(1300円×39日) 5万0700円
3 入院付添費(5500円×39日) 21万4500円
4 休業損害未払分 187万6712円
(1) 基礎収入は、550万円
(2) 休業期間は、171日
(3) 既払金は、自賠責保険金70万円
5 入通院慰謝料 160万0000円
6 後遺障害慰謝料 1000万0000円
7 逸失利益 5043万1920円
(1) 基礎収入は、550万円
(2) 労働能力喪失率56%(7級)
(3) 期間35年(ライプニッツ係数16.374)
8 将来の治療費 143万6982円
(1) 3か月分2万1940円
(2) 期間35年(ライプニッツ係数16.374)
小計 6718万8397円
既払金合計 1361万0000円
自賠責保険 1051万円
被告 310万円(争いがない。)
既払金控除後 5357万8397円
9 弁護士費用 500万0000円
残金 5857万8397円